<特集>

『千と千尋の神隠し』がベルリン国際映画祭金熊賞受賞
日本映画と世界


昨年の夏に公開されるや、たちまち日本国内の映画興行成績を塗り替えた『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)が先日、ベルリン国際映画祭で金熊賞(グランプリ)を受賞した。日本映画界にとって、国際的な映画祭でアニメーション作品がグランプリを取ることが快挙なら、国際映画祭にとってもアニメーション作品をグランプリに据えるのは初の試みである。公務員試験では映画に関しても過去出題されているので、最近の映画作品のおさらいをしておこう。


★日本映画と国際映画祭

 『千と千尋の神隠し』がグランプリ(金熊賞)を受賞したベルリン国際映画祭での日本映画の最高賞受賞は、1963年に今井正監督『武士道残酷物語』が同賞を受賞して以来、39年ぶりのことである。
 国際映画祭での最高賞受賞作品で記憶に新しいのが、北野武監督『HANA―BI』と今村昌平監督『うなぎ』だろう。ともに1997年の受賞だが、前者はベネチア国際映画祭(金獅子賞)、後者はカンヌ国際映画祭(パルムドール賞)でのこと。
 ベルリン・ベネチア・カンヌの映画祭は「三大国際映画祭」と呼ばれ、受賞作品は世界的に高い評価を受ける。これらヨーロッパの映画祭では、米アカデミー賞のエンターテインメント性重視の選考とは趣が異なり、芸術性が高く評価される傾向がある。そのため、過去の日本映画の最高賞受賞は、黒澤明監督『影武者』(1980年、カンヌ)、同監督『羅生門』(1951年、ベネチア)、衣笠貞之助監督『地獄門』(1954年、カンヌ)など、日本独自の様式美や風習をきわだたせた時代劇ばかりであった。
 1950年代〜80年代までのサムライ、ハラキリ中心の日本映画のイメージは、1990年代の『HANA―BI』『うなぎ』の現代劇によって払拭されたといえる。そして、この『千と千尋の神隠し』の受賞は、日本製アニメーションの技術力に加え、作品としての質の高さが真に認められた結果といえよう。
 また、同作品の受賞背景には、世界的なアニメーションへの関心の高まりが重要なファクターとしてある。昨年のカンヌ国際映画祭のコンペディション部門に『シュレック』が出品されたり、今年の米アカデミー賞において長編アニメーション部門が新設(『モンスターズ・インク』などがノミネート)されるなど、世界はアニメーションブームである。子供のまんがと扱われてきた長い歴史を経て、ようやく正当な地位を得たといえる。


★千と千尋の神隠し

 『千と千尋の神隠し』をまだ観ていない人のために、ストーリーを少し紹介しておこう。
 10歳の千尋は、父親の転勤にともなう引っ越しの際に両親ともども異界に迷い込んでしまう。そこで豚に姿を変えられてしまった両親と離れ、ひとり湯婆婆(ゆばーば)の経営する湯屋で働くことになる。ここで千尋は自分の名前を奪われ、ただ「千」とだけ呼ばれる。八百万の神々が体を癒しにやってくるこの湯屋での仕事は10歳の少女には過酷なものだが、「いやだ」「帰りたい」と言えば、この世界でさえも生きていけない。千尋は、謎の少年ハクに助けられながら、生きるため、両親を救い出すために一生懸命に働くことを決意する……。
 この映画は、宮崎駿監督が、千尋と同じ年齢の子供のためにつくった作品である。
 「かこわれ、守られ、遠ざけられて、生きることがうすぼんやりにしか感じられない日常の中で、子供たちはひよわな自我を肥大化させるしかない。千尋のヒョロヒョロの手足や、簡単にはおもしろがりませんよぅというブチャムクレの表情はその象徴なのだ。けれども、現実がくっきりし、抜き差しならない関係の中で危機に直面したとき、本人も気づかなかった適応力や忍耐力が湧き出し、果断な判断力や行動力を発揮する生命を、自分が抱えていることに気づくはずだ」と、宮崎監督は子供たちへの明確なメッセージを語っている。
 「今日、あいまいになってしまった世の中というもの、あいまいなくせに、浸食し喰い尽くそうとする世の中を、ファンタジーの形を借りて、くっきりと描き出すことが、この映画の主要な課題である」というこの作品には、子供たちへの思いとともに、日本の伝統的な意匠を湯婆婆のすむ世界に取り入れたり、汚染された川の神様が登場したりと、伝統の継承や環境問題など、ファンタジーの中にも社会性のあるメッセージを盛り込んでいる。


★日本製アニメの進出

 ハクの正体を知った千尋の双眼からあふれ出る涙の軌跡の美しさに、心を鷲づかみにされた人も多いだろう。日本のアニメーション技術・表現力は世界的に高く評価され、「ジャパニメーション」とも呼ばれている。
 宮崎駿監督の前作『もののけ姫』(1997年)は、ディズニーと提携し欧米・アジア11ヵ国で公開された。昨年の話題作では、日本人監督による初のアメリカ映画『ファイナルファンタジー』がフルCGアニメーション作品として、実写版と見間違うほどの緻密な表現力を見せた。
 アニメーションと一口でいっても、現在ではセルフィルムに描いた動画を動かすだけでなく、その多くにCG(コンピュータ・グラフィクス)が使用されている。『ファイナルファンタジー』では、CGをいかに実写に近づけるかという試みがなされているが、『千と千尋の神隠し』では逆にCGと分からない動画感を出す工夫が施されている。
 『千と千尋の神隠し』のエンドロールに並ぶ韓国人名の多さに驚いた人もいるだろう。日本のアニメーション技術は世界に輸出され、大きな産業に発展しているのだ。


★韓国映画と日本

 昨年の映画界でもうひとつ特筆すべきことは、韓国映画の盛況だろう。『シュリ』『カル』『JSA』など韓国内で大ヒットとなった作品が、日本でも評判となった。
 今年は、日韓ワールドカップ開催、日中国交正常化30周年、中韓国交樹立10周年にあたり、「日中韓国民交流年」の親善イベントが相次いでいる。映画界では、日韓合作映画『ソウル』が現在公開中だ。
 長瀬智也扮する新米刑事が、韓国への犯人護送中にソウルで起きた現金輸送強奪事件に巻き込まれるという内容のこの映画は、長瀬以外は全員韓国人の出演者、制作は日本側が『ホワイトアウト』、韓国側が『シュリ』のスタッフで行われた。同作品は、「2002年日韓国民交流年記念作品」の第一号に選ばれている。
 テレビ界でも、韓国のテレビ局が『東京ラブストーリー』などのドラマを購入したりと、昨年夏の教科書問題から中断されていた日本大衆文化開放に明るい兆しが見えている。
 韓国ではじめて公開された日本映画は、前出の『HANA―BI』である。同作品の金獅子賞受賞は、過去公務員試験でも出題されている。映画は、娯楽・芸術にとどまらず、社会の動きや国際情勢を反映する鏡でもある。映画ファンでない人も、たまには話題作に眼を転じてみてはいかがだろう。